プロローグ〜生まれ出ずるところ〜

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青森県弘前市出身。

私は10代までここで育った。

生まれた病院は黒石病院だったそうです。
母は私を生んだ直後、
貧血で気を失ったと話してました。
 
両親は既に数年前に他界しましたが
家族構成は父と母、姉と兄です。
小さい頃は外で遊ぶのが楽しくて、
鬼ごっこだったり、おままごと、かくれんぼなんかしておてんばな子でした。
 
いつも兄の後ろをついて行って、
遊んで貰ったりしてました。
小学校も一緒に登校し、
ランドセルを背負ってない兄を見て
指摘すると慌てて取りに戻ったり
笑いの絶えない日々でしたw
 
参観日に勝手に兄の教室に行って
困らせたり、
母が帰る頃きっとあのスーパーにいるはずと
動物の乗り物が乗りたいが為に一人で趣き、
別のスーパーに行ってる事など考えもせず、
乗って母が来るのを待つという
何ともお騒がせな子供でした。
 
近所の人に見かけたと聞き探しに来る母。
超絶怒られて泣いて帰った事を
思い出しますww
 
初めて漫画に触れたのは、
多分姉が買っていたキャンディキャンディ
だったと思います。
姉は雑誌のフレンド、少コミ(不確か)を
買っておりいつも付録をくれたりしてました。
6歳上で、普段家にあまりいなかったので、
遊んでくれる時は本当に嬉しかった。
 
姉と兄の影響はかなり大きい。
姉にはバスケット、少女漫画。
兄には少年・青年漫画、ゲーム、自転車(BMX)、勉強。
と、遊びは大概彼らから学んだ気がします。
 
日々は過ぎ、私が小学校3〜4年生の頃、
友達が高橋留美子さんの「うる星やつら」を貸してくれて、
読んだ時に衝撃を受けました。
めちゃめちゃ面白くて借りたはいいが
返さないといけないので、
手元になくなってしまう、、、
そこで初めて自分で買い集めました。
 
漫画って面白い(^ω^)
 
きっとここが原点なんだと思います。
その後、模写を始めました。
同じくハマった友達と帰り道に
それぞれキャラを決めて声優ばりに
アテレコしながら遊んでました。
 
サンデーも買い始め、いわゆるぶち抜きのシーンなんかを
ハサミで切り取りファイルに貼って集めたりして、母に変わった子だと褒められ?ましたw
 
本当、楽しかったなぁ、、、。
一緒に遊んでいたあの子はどうしてるだろうか?懐かしい。
、、、余談でした。
 
その後、りぼんオリジナルに楠桂さんが
「妖魔」を不定期連載してて、
少女漫画なのに劇画タッチで忍者もの、
人の生き死にと愛憎が描かれている事に
第2の衝撃を受けました。
 
そして、友達が模写をする私に
「わみちゃん、漫画家になったら?」
と言ったのです。
 
漫画家と言う言葉を初めてこの時
知ったのです。
この絵も話も描いてる人だよ。
 
ま、マジか!?
 
私はこの一言で、漫画家になると
決めました。
茨の道とはつゆ知らず、、、
小学5年生の作文に漫画家になると
宣言したのでした。
漠然と、純然なる思いのまま、、、
つづく

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